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勝山ゆかこ 制作年不明 ペインティング

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2007.03.01更新 RSSフィード

勝山ゆかこ[前編]

かつやまゆかこ [その他]

1975年長野県須坂市生まれ。長野市在住。 絵、オブジェ、インスタレーション、写真、イラストなど、手段・手法にとらわれず独自の切り口で創作活動を続けている。2006年から新たにハンドメイドの彫金ブランド百文[ momon ]を展開。
momon | Yukako Katsuyama
百文[ momon ]
Ricky


好きっていうより、絵を描いているときだけは自分でいられる

 テントギャラリー。
 広場の片隅や野原、林の中や近所の河原に突然白いテントが現れて、その中にいろいろな造形表現が並んでいる。犬の散歩の途中で「なんだろう」って覗いてみるアートのかたち。
 勝山さんの表現活動には、それによってオーソライズされたいとか、成功したいというような意欲が見られません。誰もいないところで独りでひっそりとその活動を営んで、へたをしたらそのまま何も起こらなくても良いと思っているかんじがするのです。
 その表現の素になっているのは一体なんだろう、どこから力が湧いて、どんなふうに見る者に伝わってくるのだろう、そんな興味を抱いて、勝山さんを訪ねてみました。

〜勝山ゆかこインタビュー [前編] 〜

ーテントギャラリーはどんなことから発想したんですか?
 やっぱり最初は形にこだわってて普通のギャラリーを探したんです。けど、とっても高いんですね、借りるには。美術館もあんまり、これだっていうかんじじゃなかった。美術館だと入場料が必要じゃないですか。観る人にお金を払ってもらうっていうこと自体が、もう自由ではないんじゃないかって。
 フランスに行ったときのことなんですけど、ギャラリーはもちろん、もっと気軽に入れるような施設がいっぱいあったんです。それで日本でもなんとかできないかなって思った。何かを観に行こうって身構えて立ち寄るところじゃなくて、散歩してたら偶然、そんなものが、いつもないところにあって、立ち寄ったら偶然そういうものが観れるっていうふうに、普通の景色の延長線上にしたかったんです。

ー例えば、商店街の人なんかと一緒に街の中に作品を展示するとか、そういう方法もあると思うんですけど
 たぶん「100%自分の城」が良かったんですね。誰とも関わりたくないというか、何か隣のものに影響されたくなかったし、それは、やっぱり制限とか出てくるものだし。自分の聖域を侵されたくないからなんですよね。100%自分でっていうのが理想だった。

ー他者の干渉を受けたくないっていうのは、もともと、勝山さんにはそういう性質がありますか?
 そうですね、もともとそうですね。親でさえも幼い頃にはそうでした。自分が絵を描くときは家の中に誰もいて欲しくないんですね。で、みんなが出かけてる時には絵が描けるんですよ。
 ずうっと、自分を演じてたんです。人に、親に、自分はイイ子でいなきゃいけないっていう。なんか、自分でない自分でいたんですね。ほんとはネクラで、あんまり言葉も喋りたくなくて、人とも関わりたくなかったんですけど、親からは「明るい子で明朗活発で」っていうふうに強要されてる気がして、それを演じなきゃいけないって感じてた。
 けど、ほんとのところは。ひとりが好きで、昆虫とかいじってる方が好き。わりと節足動物が好きみたいですね。小さい頃は生まれ変わったら節足動物になりたいと(笑)思ってました。なんか、人間の世界より動物の世界にすごく憧れてました。人間の良さっていうのがまったくわからなかったですね。ほんとにここ最近、一年ぐらいですね(笑)ひとの良さっていうのに気づいたのは。

ー一番最初に、子供のいたずら書きではなくて自分の表現として絵を描いたのはいくつぐらいのときですか?
 小学校入ってすぐですね。スケッチブックと、あとは、普通の2Bとかの鉛筆1本で。

ーそのときは別に絵を習ってたわけではないですよね?
 そうです、習ってないです。絵はまったく一度も習ったことないです、小学校で普通の授業で絵を描いたりする以外は。絵を描いても誉められたことがなかったんで。私は絵が下手なんだな、としか思ってなかったですね。

ー人と接するのが苦手で、絵をとにかく描いてて、でもその絵も誉められたことなくて、という子供時代
 そうですね(笑)。二面性があって、ほんとはネクラなのに明るい子を装ってた。けど、わりといじめられてることが多かったので、どんどんネクラになっていきましたね。小学校の頃はまだ普通に冷やかされたりするくらいだったんですけど、いじめられても泣かない子だったので逆にいじめられ続けちゃって。友達はかろうじて一人か二人。高校までずっと、そんなかんじでした。クラスメイトの名前も言えないです、たぶん。誰がいたのかもわかんない。本とかあんまり読むの好きじゃないんですけど、休み時間とか、やることないから仕方なく本を読むフリをして時間つぶしたり。そういうことしてましたね。

ーで、ひとりになると絵を描いて。
 そうですね、家に帰って。油絵はもう小学校の頃からやってたんで、それは、たまたま学校の授業で油絵を教えてくれる教科があったので、それがきっかけで、ずっと自分で続けてましたね。でも、家でやるとやっぱり絨毯が汚れたりするんで、親には反対されて(笑)。

ーとにかく、絵を描くことが好きだったんですね、絵を勉強しようと思ったことはないんですか?
 そうですね、たぶん好きっていうより、絵を描いているときだけは自分でいられるっていう。
 けど、勉強しようと思ったことはないですね。やっぱり、上手いって言われたことがまずなかったんで。親も「汚すだけだからやめてくれ」っていうかんじだったから(笑)。作品が出来ても、やっぱ、あの、「いらないんなら捨てるけど……」って言う(笑)そういう親だったんで。なんかわりと、ドライな関係だったんで。うっかりしてるとほんとに捨てられちゃうんですよ。

ー大きくなったら何になるの、とか、進路の問題が出て来る時期がありますよね?そのあたりはどうやって乗り切ってたんですか。
 普通に、平凡に生きていられればいいかなって、平凡に生活できればいいって思ってましたね。何か特別な職に就きたいとか、偉くなりたいとか、まったく思ってなかったです。夢はなかった(笑)。田舎だったから華やかな職種の人なんかもまったく知らなかったし、たいがいは工場なんかに勤めて、普通にお母さんになって。
 大学は本当は行きたかったんです。ずっと高校までいじめられて、というか、友達があんまりよくできなかったから、大学に行けば、ちょっとこう、何か、変われると思ってたんですね、きっと。けど、まあ、親に反対されて。

ー高校までずっとひとりぼっちで、大学は行きたかったけど行かなくて
 高校卒業してすぐ就職しました。農協に入って3年間、わたしは本所に行ってばりばり仕事したいと思っていたんですけど、支所に回されて、なかなかその希望は聞き入れられなくて、他の人には楽だからここにいた方がいいよって言われて、でも、自分の人生が終わっちゃうと思って辞めたんです。それから、お金がいい方へとか、仕事に飽きちゃったりして、次から次へと、すぐに職を変えてましたね。途中からは寮のある会社を選んで、家を出ました。

ーそのときもひとりでしたか?友達とか、仲の良い人とかは
 いないですね。職場ではほんとに友達とかまったくできなくて、逆に、敵が多かったですね。なんかわりと、やるからには真剣に本気でやりたいんで、他の人のちょっとしたそういう楽だからっていうかんじが許せないんですよ。私はけっこう休みの日も仕事の関係のことをしてたり、まわりからはそれが理解できないって疎まれて、よくぶつかってましたね。
 絵はずっと描いてました。職場が変わっても画材だけは寮に持ち込んで、油絵、やってました。仕事に行く直前まで描いて、そのまま会社に行って、帰って来てまた描くっていう生活をしてました。けど、誰にもそんな話をしたことないし、誰もそれを知らない。

ー絵を売ろうとか、展覧会に出そうとか、そういうことはなかったんですか?
 なかったです。
 誰かに言われたことがあって、「いい絵は、必ずいい出会いをする」って。だから、自分から言わなくても、自分がいい絵を描けたなら、きっとその絵は違う人といい出会いを偶然どっかでするんだろうなあって信じてたんです。だから自分から公表する必要はないんだろうって思ってました。

ーずうっとひとりで絵を描き続けて、それは、いい絵が描けたら必ず何かあるっていう一点の希望だけで
 そうですね(笑)。いじめられてるときも耐えられたのは、いじめられて耐えてるけども、絶対その分、何か、天が何かを与えてくれるはずだって信じてたんですよ。人と同じにできなかった分、何か埋めてくれるんじゃないかっていう期待があって(笑)。それで我慢できたんですね。いじめられてても、わたし一日も学校休んだことなくて、皆勤賞なんですよ。

interviewer's View
 勝山さんは、静かでにこやかな方です。けれど、よく聞いてみるととても変わった感覚で生きて来ているようですね。  このインタビューはアーティストを紹介するためのものです。けれど、歪んで生きにくくなってしまった世の中を、アートに隣接するなんらかのアイディアによって少し楽しくできたら良いな、という裏テーマもあると僕は思っています。勝山さんのように、何かひとつのほんの小さな信念に従ってずっと生き続け、そして、結果的に新しい創造物を生み続けている、そんな姿がこんな世の中ではとても力になるのです。美しいキャリアよりもむしろ。  作品に対する評価とは別に、アーティストの動機や姿勢、そして、そこに創出されるエネルギーが人を惹きつけることがあります。後編では、いよいよ、多角的に分岐して行ったアーティスト・勝山ゆかこの表現の潮流に触れてみることになります。面白いですよ。(インタビュー・構成:宮内俊宏)

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