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2007.04.26更新 RSSフィード

「錬星舎」池上直人、西村由美[後編]

れんせいしゃ いけがみなおと にしむらゆみ [工芸品]

ガラス工房「錬星舎」
池上直人 1958年・長野県生まれ
西村由美 1965年・高知県生まれ
東京ガラス工芸研究所卒
1991年・工房設立 高知県越知町
2002年・工房移転 長野県中川村


生活の中で使われるものであるのが一番嬉しい

 池上さんを評した豪放磊落という言葉に対して、西村さんには天真爛漫という言葉がとても合っていると思います。千数百度の炎を孕んだ工房と、工房に隣接する自宅との間を行ったり来たりしながら、本当に楽しそうに生活をしているのです。その表現の姿勢は根源的には池上さんと同じ、自然の流れのある瞬間をあるがままに捉えようとするものなのですが、現れる形は格別に個性的な西村由美の作品です。

〜錬星舎のガラス吹き職人〜 後編・西村由美

ー吹きガラスがおもしろいと思ったのはどんな点ですか?
 きれいなコップを作ることが非常に難しいんです。液体が、溶けているものがだんだん物になっていく。他のものはね、たとえば、冷たいガラスに掘ったりするじゃないですか?ステンドグラスとか、硬くなったガラスを切ったり。柔らかいものから何か作るっていう、しかも陶芸とか粘土と違って触われないものを、それを自分の力と道具を使ってなんとかしなきゃっていうのは、もうどんどんどんどん、のめり込んで行きました。上手になりたいと思ってずっと練習したり。全然、表現するというところまで行かないですけどね、研究所の2年ぐらいでは。

ー難しさが魅力だった?
 そうですね、最初はね。まったく思うようにならなかったんです最初は。

ーいやになりませんでした?
 それはないですね、やめようとか思ったことないですね。
 自分が作りたいと思うものと合ってたんですね、ガラスが。それと、けっこう気が短かったりするんで(笑)、作るものをすぐに見たい。焼物とか、一回焼いたり、ちょっと待ったりするじゃないですか。瞬時に、自分の思った時に、こうと思った時にこうってなって行くのが自分に合ってるのかなって思うんですけど。うん、自分の性格と。
 あとほら、今も主婦でありながら仕事も、窯の前に立ってばたばたばたばたしてるんですけど、一日。子供がいたり、なんか家のことがばたばたとあって、いろんな毎日の中でもここへ来てすっと窯の前に立つと違うんですよ。火も合ってるんだと思います。自分の中に違う自分が、ガラスと向き合う自分があって、そこへシュッと入れるっていうのは、この千度の世界とガラスがあるからなんだなって思うんです。好きなんですよ、きっと。

ー作る時に目指してる形ってあるんですか?
 ないです。よく訊かれるんですけど、考えないで物を作るんですよ。目と頭と手とが全然別で、目が見て、手が作って、頭の中は別の、音楽を聴いたり別のことを考えたりするもんで。こうしよう、ああしようって思いながら作ると、全然いいものはできないんです。物がだいたい作れるようになった頃には、もうあんまり、こうしよう、ああしようって考えなくなりましたね。目と手が勝手に(笑)。


 以前手に入れた西村さんのグラスを、僕は毎日のように使います。氷を入れてお酒を飲むのに使うような、ちょうど掌に収まる口の広いグラスです。これが、その形がとても使い心地が良くて、どんな持ち方をしても手の中にすっぽりと収まるのです。夜、いろいろなことが終わってそのグラスをすっぽりと手にすると、とても落ち着いた幸せな気分になります。


ーだいたい、こんな形の物を作ろうっていう設計的なものはあるんですか?
 最初はね、描いてたんですよ、どういうふうにしようかなって。でも最近はもう描かなくても手が勝手にできるようになってますね。目と手と頭が勝手に。で、できたかなって手が止まったら「もうちょっとじゃないの?」って口が言っちゃったり(笑)。

ーなんか、すごい楽しそうでなんですよね。
 楽しいです。ガラスを作ってる時っていうのが自分の中で一番なんですよ。一番好きだし、一番心地よかったりするんですよ、何よりも。何が一番リラックスできるのかっていうと、ガラスを作ってる時で。仕事だし、緊張してるんだけど、一番リラックスしてる。気持ちいいんですよ。

ーこういう物にしなきゃいけないとか、そういうことってないんですか?
 注文品でね、こういう物を作ってくれって言われる時はありますよ。

ーそういうときは、ほんとに作りたいように作る時と違いますよね?
 うん、けどね、同じですよ。自分で一個作る、展覧会に出すものを作るのと、百個これを作ってくれって言われたときも、同じです。両方好きですし、同じですね。

ードロドロのところから手が勝手に作って行くような感覚ということですが、たとえば、それが違う方に行っちゃってるとか、そういうことはありますか?
 ありますね、ときどき。違う方に行って、行きかけて、それがすごい良かったりすることもあります。ちょっと失敗しちゃって全然違う物を作って、それがすっごい良かったりすると、もう次からそういうのにしようっていうこともあるし。

ーすごい天真爛漫にガラスを作っている感じがするんですけど。
 落ちてる石ころとか台所の残飯の中とかでも、いやぁきれい!って思うことがあるんです。石にしろゴミにしろ、なんでも自分の中へ入れといて、そういうのをなんとかしよう、なんとかしようと思ってるんですよ常に、頭の中は。常にそんなこと考えたり、常にそんなこと感じようと思って、毛穴を開いてるかんじなんです。きれいなものでも、変な物でも、不思議な形とか、ペダルの曲がり具合とかがすごい気になったり、朽ちて行く、錆びた物とか。

ーそういう感受性が表現に具体的に結びついているところってあるんですか?
 質感とか色とかかな。子供の頃にイモリとかそういうね、水から出て来たウネッとしたのがすっごい好きで(笑)、そういう子供の頃の質感は出ているかな、心象風景とか。たとえば、夕暮れになる前の青い時間、あのぐらいのあの色が好きなんですよ。で、ガラスなんです。あれはガラスの色なんですよ、ブルーグレイの。きっと自分の中にあるそのかんじをずっと求めながら、いつまでも作るのかなって思うんですよね、これだっていう形がないもんで。

ーこんなものに挑戦してみようとか、あるんですか?
 技法の中で今ね、煤を試してて。煤を中に入れて新しい物をやりたいなと思って。煤を入れて、煤で模様を作るのに取組んでるんですけど。

ー新しい技法を試したいっていうのはあるんですね?
 みつけたりね。ガラスって透明で基本的にみんな同じじゃないですか。その中でもいろいろと自分が出せるような、煤とか色とか、炭酸で泡を入れるのとかね。いろいろあるんですけどね、新しい技法も、昔からある技法も。煤はないかな。普通はいやがるんですね、ガラスに煤が入ってるっていうのは。私はきれいだなと思うんだけど(笑)。……うん、結構きれいですよ、髪がこう流れているみたいな。

ー自分のガラスはどうありたいと思ってますか?
 若い頃って、始めた頃はね、工房を持って自分がこれで食べてかなきゃっていう頃は「これが私よ!」っていう何かを付けたいって、そういうものが作りたいってずうっと思ってたんです。けど、10年ぐらいたったら結構肩が軽くなって。別にそんなことしなくても、何を作っても「これは西村由美の作品なんです」っていう、そんなもの作れたらいいなって思い始めて。そのへんからかな、すごい好きになり始めたのは。
 それで、ずうっと作ってきて、いろんな人が使ってくれてて、お店なんかで使われてたりして。私はそれで、自分のグラスで飲んでる人がいたりすると嬉しかったり。そういう喜びがありますよね、器って。そうやって生活の中で使われるものであるのが一番嬉しい。いつも見てたり、私の作った一輪挿しも「あ、誰かがいる」みたいなかんじで、私のグラスが来たって「○○ちゃんようこそ」みたいな、そんな存在感がある器が作れたらなって思います。幸せだなって。

interviewer's View
子供たちは元気よく家のまわりを飛び回っています。のびのびとしてて、自然児で、やんちゃなかんじです。西村さんはいつも紺色の前掛けで、そんな子供たちを前にニコニコしています。そもそも池上さんがでっかい子供みたいなかんじもあります。けれど、ここには目に見えない規律のような雰囲気があります。ふたりがガラスを作っている時、たぶん子供たちはそこに纏わりつかず、たとえば夜暗くなっても自分らでちゃんとすごしているような、そんなかんじがします。概ねにこやかでゆったりしてるけど、そんなふうに、錬星舎の時間は流れているように感じました。(インタビュー・構成:宮内俊宏)

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