N[エヌ]発行のオンラインマガジン|N-gene[エヌジン]
制作・編集/ナノグラフィカ

2007.06.26更新

『「街並み」〜長野駅東口』の制作が終わった後も、
駅東口の再開発地帯(中御所〜栗田の一部)にちょこちょこと
撮影に行っている。古い民家が密集する街の雰囲気が
好きで行っているのだが、景色はどんどん変わっていて
複雑な気持ちになる。
写真は栗田北中の「北中広場」付近の空き地。
3月に「国有地」の看板を撮った場所だ。
ちょっと前に行ったら
コスモスが咲き乱れていた。
高度成長期的な風景。
フィルムは気分でPKRを使ってみた。
国内販売中止、現像も年内限りとなってしまった
往年の名フィルム。
2007.04.04更新

中御所と栗田北中の一部に群生していた黄色い花。
遠目にはタンポポっぽいんだけど、
ちゃんと見てみると花も葉も全然似ていない。
どこかの花壇から広がったのだろうか。
何故か空き家の玄関や庭先で、この花を何度も見かけた。
2007.03.31更新

長野駅東口から日赤方面に向かう途中にあって、
30年以上営業されているラーメン屋の店主さん。
「街並み」では見開きの別カットを載せたけど、
この一枚も好きなのでここにupします。
昔(70年代までのこと?)すぐ近くに「国鉄病院」があったし、
工場やら宿舎やらもいっぱいあって、国鉄の中で営業してるみたいな店だった、
というようなお話をしてくださった。
今ではかなり交通量の多い車道の交差点になっていて、
前を通り過ぎるけど入ったことはない、という人も多いかもしれない。
素朴ながらしっかり仕込まれていると思しきラーメンは
とても美味しかった。年月が染みこんだ店内の雰囲気も面白いので、
ラーメン好きの人はぜひ行ってみたらいいと思う。
ここもいずれ「再開発」にひっかかるけど、ハッキリ何時だとは
決まっていないからやれるまでやるよ、とのことだった。
余談だけど
「国鉄病院があったらしい」って前回も書きましたね。
30代の自分にとって、長野駅東口からむこうに活気ある国鉄地帯?が
広がっていたという状況はどうにも想像し難く(現在も廃屋に近い状態の
職員宿舎?跡とかは残っているけど、空き地や新しい住宅街に分断されているし、
殆ど人の気配はなく、そのギャップから)ついつい思いを馳せてしまうようです。
2007.03.26更新

栗田北中の、時代から取り残されたような一角にて。
今のところ開発(簡単に言うと取り壊し)が及んでいない
地区の最深部にある。この辺りだけは一見しただけだと
数十年前から変わらぬ状態のようにみえる。
空き地に入れないように針金が張り巡らせてあり、
看板には大きく「国有地」とある。
今や殆ど人通りが無い路地で、これほど激しく国有であることを
主張することにどういう意味があるのかよくわからないが、
何だか面白かったのでシャッターを切った。
この辺り一帯は国鉄の車両基地や工場、さらには国鉄病院なんかが
あった(らしい)ので、おそらく職員さんの宿舎でも
建っていたのだろうか。
2007.03.22更新

今月の「街並み」は長野駅東口周辺だった。
メインストリートに続く善光寺口とは違い
細い路地がごちゃごちゃと入り組んで迷路みたいになっていて、
いい意味で(?)怪しくて最高だなあと常々思っていたのだけど。
去年、ストップしていた大規模な「再開発」が再スタートしてしまい、
2016年の完成を目処にこの一帯(中御所二丁目、栗田北中など)は
一旦「きれいに」破壊し尽くしてから「再生」するらしい。
率直かつ主観的・自分勝手に言わせていただくと、凄くもったいないというか
呆れるというか悲しいことなので、そんな気持ちでシャッターを切りました。
(再生ってのは自力でするものだし、じゃないとおかしな方向へいくと思うんだけど
自治体ってのはそういう形の支援をなぜできないのか?
…とか、書き始めるとキリがないか。)
写真は、栗田北中の廃業したクリーニング屋さん。
清水隆史 [ Takashi Shimizu ]
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奈良県奈良市生まれ。
信州大学教育学部卒、同大学院中退。
長野市を拠点にフォトグラファー・フリーライターとして活動している。信州大学在学中の1993年、長野市権堂町のライブハウス・小劇場「ネオンホール」をスタート。2003年、喫茶・ギャラリー・編集室である「ナノグラフィカ」を4人でスタート。
「ボスダブ」「スロウライ」のベーシストでもある。