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制作・編集/ナノグラフィカ

街並み日記

街並み/長野電鉄・旧河東線沿線08 夜の岩野駅

2008.03.18更新

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夜の無人駅。
乗ろうとする人も、降りる人も見あたらなかった。


街並み/長野電鉄・旧河東線沿線07 眠りこける

2008.03.16更新

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終点、屋代駅にて
駅に到着して停車して、乗客がみな去った後。
起きる気配が全然なかった。
ある意味、平和だとおもう。
寝過ごしてなければいいのだけれど。

街並み/長野電鉄・旧河東線沿線07 綿内駅周辺

2008.03.12更新

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綿内駅前の商店街。
残念ながら、かなり多くの店が閉店している。
歩行者はほとんど居ないが車は沢山走っており、営業していない店は
こうして砂塵にまみれている。
遺跡のような雰囲気だな、と思った。

街並み/長野電鉄・旧河東線沿線06 松代駅

2008.03.09更新

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松代駅の待合室。河東線では数少ない「有人駅」だ。

街並み/長野電鉄・旧河東線沿線05 夜の信濃川田駅さらに

2008.02.29更新

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夜の信濃川田駅の入り口にて。
電車は一時間に一本以下。
夜風は寒く、辺りは時間が止まってしまったように
ただ静けさに包まれていた。

街並み/長野電鉄・旧河東線沿線03、04 夜の信濃川田駅

2008.02.26更新

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冬の夜、信濃川田駅。
誰もいない。

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街並み/長野電鉄・旧河東線沿線02 綿内駅

2008.02.21更新

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katousen1664.jpg

綿内駅と言えば、この時計なのです。
知ってる人は知ってる?のだろうか。
なんというか…いいですね、とても。

木造の古い無人駅。
有人だった頃の名残が随所に見られる。
駅員さんがいて、利用者が沢山いた頃の
この駅に立ってみたいと思った。

街並み/長野電鉄・旧河東線沿線01 若穂駅

2008.02.18更新

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今回の「街並み」は長野電鉄の旧河東線沿線がテーマだった。
河東線というと、北信地区で一番最初に開通した鉄道路線。
つまり屋代〜松代〜須坂〜木島間に、
長野とか上田とか松本よりも早い時点で鉄道が敷かれた
(もちろん国鉄が首都圏や名古屋圏と長野を結ぶ前に)
ということになる。現代的な感覚からするとちょっとした驚きだが
大正10年前後のこの地域では自然なことだったのだろうか。
或いは地形的な理由でそうなったのだろうか。

木島線は近年廃止されてしまったので、今回は屋代〜須坂間を
勝手に「旧河東線」ということにして(一般的には須坂〜中野間も
旧河東線に含まれるのだが)取材してまわった。

しかし…この季節、1時間に一本以下のローカル線に
何度も乗るのはホントにきつかった…。
いや、もちろん面白い事もいろいろとあったのだけども。
「なんでこんなところに最初に鉄道を誘致したのか」と
思ったりもした。

↑は若穂駅。写真に写っているのが待合室と改札(無人駅だが)の全て。
見ようによっては可愛い。もちろん木造だ。

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プロフィール

清水隆史 [ Takashi Shimizu ]
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奈良県奈良市生まれ。
信州大学教育学部卒、同大学院中退。
 長野市を拠点にフォトグラファー・フリーライターとして活動している。信州大学在学中の1993年、長野市権堂町のライブハウス・小劇場「ネオンホール」をスタート。2003年、喫茶・ギャラリー・編集室である「ナノグラフィカ」を4人でスタート。
「ボスダブ」「スロウライ」のベーシストでもある。


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