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N News and Report

講演会とワークショップをやるんです。

2007.12.28更新

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いよいよ[N]主催の演劇プロジェクト、平田オリザさんの講演会とワークショップが近づいてきました。[N]としては、今までライブや展覧会などのイベントを主催したことはあったものの、演劇関連のイベントをさせてもらうのは初めてです。

事の発端は、[N]のスタッフに何人かの演劇経験者(というか今でも演劇に関わってたりする)が居たから、という事になるのでしょうか。自然と「演劇に関するイベントを精一杯やってみよう!」という話が持ち上がりました。

そして、話し合いを重ねた結果、「つながる・うまれる・ひろがる」をキーワードに、アートと地域文化を軸にして運営してきた[N]としては、平田オリザ氏を招くのが一番「楽しい」んじゃないか、という結論に達したんですね。話題の劇団を呼んできて公演してもらうとかでなく、氏に話してもらい、ワークショップを開催してもらうのがいいんじゃないかと。

平田オリザを招くことが「楽しい」と思う理由は…多層的で上手く書けないのですが、一つに自分たちがイメージしている演劇というものは非常に曖昧なんだけど、実は「演劇というのは何か」「何が出来るのか」という事には明確な答えがあるんじゃないか。それがわからないと、演劇をすることも見ることもままならないし、わかって行えば演劇というものには大きな力があるのじゃないか。そういった問題を考えるヒントが平田オリザ氏の話やワークショップにはあるんじゃないか…という感覚があるからなんです。

また、個人的には「地域文化」を見つめ直す機会にもなる気がしています。
(氏はおそらく「地域文化」をテーマにした講演なんて行わないだろうけど。)

講演会とワークショップの見学は、まだ申し込みを募集しています。
貴重な機会なので、ぜひ参加して欲しいです。

一応申し込みへの→リンクを貼っておきますね。

(文・清水隆史)

演劇プロジェクトで走りまわる。

2007.12.25更新

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↑「劇団 空素」の稽古@城山公民館。素敵な椅子

突然ですが、この冬N[エヌ]が提案するのは「演劇」です。
というとなんだかたいそうな感じがしますが
やることはシンプルです。
平田オリザさんの講演会とワークショップ、
それから長野の「演劇」に関する冊子を発行するという
プロジェクトになっております。

そもそもなんで「演劇」なのかって言うと
このプロジェクトに関わっているスタッフが
演劇をしている、または演劇に関わっていたので
じゃあ「演劇」のことをやればいいのでは?
と、あいなったのでございます。

私の知っている限りですが
平田オリザさんはその著書のなかで
「これからの時代、演劇をやらないと医者にはなれません」
というようなことを書いていました。
きっと今回の講演会とワークショップは
演劇に興味のある人だけでなく多くの人に
役に立つ内容になるのではないかと思います。
コミュニケーションのこと、生きていくこと、日々のことなどなど。
私個人としては平田オリザさんの本を読んで、マスコミ関係の人や
インタビューをする人は参考になるのではないかと思いました。
イベントの詳細はこちらをご覧下さい http://www.n-sns.jp/n-ex/

それとN[エヌ]の演劇プロジェクトのもうひとつは
季刊Nに続くべく?発行される「Nレポート」。
「演劇」をテーマにした冊子・・・って
かなり漠然としているのですが
とりあえず「長野の演劇ってどうなってんの?」という疑問から
長野市周辺の劇団を訪問したり、
小中学校、高校や大学の演劇部/サークルの様子をレポートしたりします。
それに加えて
平田オリザさんの公開ワークショップや講演会の様子、インタビューなどを
収録する予定です。こちらは3月に発行する予定です。

というわけで、これまでに取材した劇団や学校の様子を少しお伝えします。


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これは「劇団 翼」の稽古の様子。
三輪公民館で毎週日曜に集まって練習しています。
舞台があるので、ここで自主公演するのが次の目標。
メンバーは清泉短大や大学の学生と卒業生(社会人)が半分ずつぐらい。
2月には市民演劇祭で公演があります。

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西部中学校の演劇部を訪問。
冬なので下校時間が早いため
部活の時間は30分しかないという日も多い。
この日は、3年生を送る会に発表する脚本を
何にするか話しあい中。
二つの候補があり、
読みあわせをして多数決で決めることに。
顧問の先生がおすすめした脚本でない方に全員一致で決定した。
(私も顧問の先生と同じ意見だった)

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「劇団 悪党」の稽古の様子。
写真はエチュード(即興)をしているところ。
ちなみに設定は演出家が決めるのだが
「テレフォンアポイントの会社の面接試験を受けに来た3人」
「それぞれコミュニケーションに何らかの難がある」
「待ち合い室で試験がはじまるのを待っている」
いるいる、こういう人!って感じでかなり笑えた。

悪党の芝居つくりは一年かけてやる。
大雑把に言うと一年間のテーマを決めて
(今年は「コミュニケーション」らしい)
そのテーマのもとにエチュードを繰り返しまくって
その現場で出た「生きた」言葉をもとに
台本をまとめ、作品をつくり、公演を迎える。
役者と演出家はこの一年間「コミュニケーション」について
ずっと考え、ネタを日常で探し続けるんだとか。
人間観察研究会?っていうイメージです。

ちなみにこのエチュード、いつもうまくいくとは限らない。
ぐでんぐでんになって終わることも少なくないらしい。

この日、私もインタビュアーという役割でエチュードに参加しましたが
なにしろ「コミュニケーションに何らかの難あり」な3人を同時に目の前にして
まったく聞きたいことが聞き出せませんでした。
普段、いかに相手の方に協力してもらっているか、
ということを実感した瞬間でした。

とまあ、とりとめもない感じですが
「演劇」はおもしろそうですよ。

(レポート:高井綾子)

潜入!夜間限定ギャラリー「面白倶楽部」

2007.12.21更新

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権堂にはバーボンハウス・インディアという飲み屋があるのですが
酒飲みでもなく平凡で小心者の私は、3年間近くで働きながらも
店に入れずにいました。
たしか3年前は“バーボンハウス・インディア"しかなかったのですが
1年ちょっと前(?)隣に真っ黒な外装の“インディア・ザ・ロック"ができて
ますます怪しげになり、ますます近づけず、でも一方でマスターと
顔見知りになっていたりしました。

最近その権堂インディアの2階に、ギャラリーができたらしい、
乙女な展示内容でしかも夜中の3時までやっているらしい。
ということで今行くしかない!と思い、行ってきました。

経過報告
・20日午後10時:やっぱり心細くなって友達を誘うがなんとなくにごされる。
ひとりで行ってみるが、挫折して引き返す。
(私ってこんな性格だったっけ?と自分に問いかける)
・21日午前2時40分:ほんとに3時までやってるのか を確かめにとりあえず行こう!
と再決心して“ロック"に突入。作家さんはいるはずもなく(乙女だし)
でも中を見せてもらって来ていたお客さんと仕事の話しとかする。
・午前3時:インディアに移動してマスターと“ロック"の店長さんと遅い夕飯(早い朝ご飯)を食べる。
「天井に張り付いているウッドベース、使ってないならください。」
と言おうと思ったけど言えず、権堂話などを聞く。
・午前4時:帰宅。
・午後2時:作家さん(松本佳奈さん)と電話で話す。
・午後8時30分:佳奈さんと会って会場を見せてもらい、人生の話とかする。
・午後9時30分:帰宅。

という感じで無事インディアデビューを果たしました。

前に清水さんが記事にしていましたが、最近の権堂はとても閑散としていて、
「さみしくなったねえ」とか「昔はもっとねえ・・・」
みたいなことを、みんなが口々に言っています。
この場所で30年店をつづけているマスターも同じように思っているようでしたが
話の中で「変わっていくことを悲観ばかりしてもいられないよね!!」
(狭い店なのに基本的に声がでかい)と言っていました。
今回のギャラリーも、どこまで街のことを考えて始めたのかはわからないけど
今の権堂で規模縮小でも現状維持でもなく、ガツガツ前進している
マスターのエネルギーにはだれもかなわないんじゃないかと
思うのです。(ちなみに長野市にはマスターの経営する“インディア"があと2店舗ある。)



そうそう、話題のギャラリーの名前は「面白倶楽部」。
今回の展示は、オープニング展「Frapper」です。
今年東京から帰ってきてバイトをしながら洋服を作っている
佳奈さんのドレスやデザイン画と、妹の奈緒さんの絵画の展示です。
予想以上に落ち着いた、ヨーロッパ古着の店っぽい空間で
佳奈さんとゆっくり話しをしながら、のんびりとした時間を過ごしました。

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ナイトギャラリー「面白倶楽部」
長野市権堂町5-125 バーボンハウスインディア2F
(入り口はインディア・ザ・ロック内)

第一回オープニング展「Frapper」
12/15〜12/24
18時50分〜深夜3時
入館無料

霜月まつり

2007.12.20更新

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宮崎駿監督作品「千と千尋の神隠し」の冒頭。陽が落ちてあたりが暗くなると、灯りのともり始めた油屋という湯治場に八百万の神様が集まって来て賑やかに宴を繰り広げる。これは宮崎駿監督がテレビで見た霜月まつりから着想を得たという。南信州、遠山郷に古くから伝わる霜月まつり。全国の神々を里に招き入れ、一晩中、湯を立てて神楽を奉納する素朴で荒々しくも優雅な祭です。

写真、文:宮内俊宏

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 すごい祭でした。

 一晩中、断続的に続く太鼓、鈴や笛の音。次々に神楽歌や舞い、祈りが奏上される。三つ並んだ竃には薪が焚かれてぐらぐらと湯釜が煮えたぎる。夜半を過ぎて神々の面(おもて)が続々と登場して来るころには眠気と湯気と煙で眼が痛くなってくるのだけれど、面白くてそこを離れることができません。
 哀調を帯びた笛の旋律はシンプル。奏上される言葉の意味もほとんどわからなくて、観衆はそこで行なわれることを社殿の中で環視しているだけなのですが、どうしてこの祭はこんなに面白いのでしょう。

 遠山郷は長野県の南端に位置する伊那山脈と赤石山脈に挟まれた渓谷の里。切り立った山々が迫るように東西を挟み、谷筋を流れる遠山川に沿って集落が点在しています。霜月まつりは、この山里にある9つの神社、隣接する下栗と上町も含めると13の神社で、12月初旬から月末までの間に順次行なわれるのです。多くが旧暦によって行なわれるので曜日は関係なく、今回訪れた木沢の霜月まつりも今年は12月10日の月曜日に開催されました。

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 本祭が行なわれるのは木沢正八幡神社。神殿のある奥の間に向かって土造りの大きな竃を中央に設えた土間があります。この土間が舞殿、祭の舞台になります。
 祭には、正八幡神社をはじめ村内に祀られている遠山の神様たちが、全国の神々を招待してお湯をさしあげ神楽や舞を見せるという物語があり、クライマックスになると神社に奉納されている面(おもて)が次々に登場して舞い踊ります。
 当日、朝のうちに幣束や和紙細工で社殿を飾り付け、午後、祢宜(ねぎ)、宮司、そして氏子の代表が集まって、お祓い、神殿の扉を開くところから本祭は始まります。そこから幾度かお祓いや祝詞が繰返され、神々の道を浄め、呼び集め、神々への願いを奏上した後、夕方、あたりが暗くなったころに湯立てが始まります。

 そこから朝方に祭が終わるまで、踊りや詠い、祈祷が延々と続くのです。
 霜月まつりについての詳細な記述は他に良いものがあるのでここでは割愛しますが、とにかく、神楽は夜じゅうずうっと続きます。

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 祭のあいだ通奏される太鼓のテンポが波のように押したり引いたりしながら、それにつれて笛の音もさまざまに表情を変えます。その楽の音は夜の深まりとともに熱を帯び、詠い、舞い、浄め、祈り、祭は次第に高揚して行きます。時間を追うごとに観衆の人数も増え、社殿の中は竃の熱気と湯気と薪の煙でいっぱい。極寒の地での深夜の祭ということで、重ね着したり使い捨てカイロを持ったり、いろいろな準備をしていたのですが、社殿の中にいると熱くて一切必要ありません。
 熱くなったり、煙に燻されて涙が止まらなくなると、時折外に出て社殿の前の焚火にあたります。連子窓から漏れる光と影を眺めながら聴こえて来る太鼓と笛の掛け合いも良いものです。

 始まりから終わりまでずっと太鼓と笛を演奏しつづけるのは、エンジ色のはっぴを羽織った中学生と高校生のグループです。笛の合間に詠ったりもします。中心になって吹いている子は来春高校受験だそうです。
 傍らで小学生の子が数人、見様見真似で笛を吹いています。細かいところまでしっかりした指使いで旋律を辿っています。きっと数年するとあのはっぴを着て吹くのですね。

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 地元の人々も観光や研究のために訪れた人も、この祭に来たら寸志を奉納します。入場料ではなく、誰かに指示されるわけでもなく、どこかにそれを示唆したことが掲示されているわけでもありません。たぶん、社殿に足を踏み入れて祭のエネルギーに触れると自然に奉納したくなるのです。奉納した人の名前は大きな紙に書き出されて、社殿の壁に次々と貼り出されて行きます。
 ちょうど湯立てが始まったころに到着した僕も、しばらく祭を観ているうちに、お金を奉納しないと祭のエネルギーを受取れない感じがして、社殿の人混みの中にある社務所に訊ねて小額を奉納し、お札を受取りました。そのお札を手にしたことで、なんだか祭の仲間になれたような誇らしい気持ちになるのです。

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 午前3時。
 祭のクライマックスで四面(よおもて)という役を演じる4人の若者が、遠山川の河原で厳寒の川水を浴びて「禊」をします。神社から提灯の灯りだけを頼りに真っ暗な林を抜けて近くの河原まで歩きます。

 目に入る灯りは提灯だけ。空は冴え冴えと晴れ渡って、満天の星が見事です。

 河原では大きな焚火がたかれ、4人の若者が川に入って水を跳ね、水に当たりたい観衆は川岸に集まります。

 禊から帰ると、神社では鎮めの湯という儀式が淡々と続けられていました。露払い的な儀式です。この後が祭のクライマックス。舞殿の中は観客でいっぱいになります。新しい薪が焼べられて、眼に滲みる煙の匂いが一層強くなります。

 八百万の神々の面が、氏子に案内されて次々と釜の周りを練り歩いた後、午前4時過ぎ、四面の赤い面をつけた若者がひとりずつ、舞殿の中に登場します。
 神殿の中からまず、威嚇するように、あるいは挑発するように舞殿を見渡した後、力いっぱい飛び降りて竃の周りを踊り歩きます。半周ぐらいしたところで、勢いよく走って観衆の中に飛び込みます。あっちへ走ったりこっちへ走ったりしながらモッシュ&ダイブを繰り返すのです。観衆はそれをしっかり受け止めなければいけません。
 ひとしきり暴れ回ると、待ち構えていた氏子たちに捕まえられて、もみくちゃになりながら神殿の中へ押し戻されます。

 舞殿の中は湯気と煙が立ちこめて白い煙幕になっています。眼が痛くて涙が止まりません。

 四面がそれぞれに暴れ回った後は両老神という男女の神様が現れ、観衆の間を遊び歩いた後に和合するような、狂言にも似た滑稽な仕草をしたり、大黒天が福を播いて一周したり、稲荷、水の神や大天狗など大人の神々が練り歩いて、午前5時過ぎ、神々はすべて消えます。

 舞殿では、夜明けを告げる歌がうたわれ、宮司と祢宜が刀と塩で湯釜の四方を浄めます。
 長い祭が終わりました。

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 これだけの祭になると学術的な興味も尽きないと思いますが、それよりも、祭のエネルギーを受取って高揚するだけで開放された楽しい気持ちになるものです。日常的な箍がはずれてとても自由になった精神が、ぽっかりと灯る神社の篝火と楽の音に遊び、舞い踊る。
 こんなエネルギーはきっと人を動かします。

 ここは限界集落です。若年層が流出し高齢者は体力が限界を越えて荒廃した農地が増え続けています。木沢正八幡神社の隣りでは鎌倉商店という雑貨屋さんが祭の間じゅう店を開けて集まる人達を歓待しています。ご主人がとても陽気で、本祭では大黒天を舞うおじいちゃんです。知らない人でもどんどん引っ張りこんじゃう話し好きで国際情勢にも明るいおじいちゃんです。
 「この地域に今いちばん必要なのは、農地の荒廃を食い止める手だてだ」
 陽気に酔い、みんなに酒を勧めながら、しっかりした眼差しでそうおっしゃっていました。

 祭はその日おこなわれていることがすべてではありません。ずっと続いている人々の生活や地域のさまざまな状況と繋がりながら、厳しい環境の中でそれでも生きている強いエネルギーを孕んでいるんだと思いました。それがこの祭に積み重ねられた魅力かもしれません。

 霜月まつりは今週末まで続きます。

遠山郷観光協会
遠山郷と霜月まつり
南信州.ナビ・霜月まつり

blissedの新しいCDを聴いた。

2007.12.15更新

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ある土曜日。何となくCDを買おうなどと思い立ち、
ふと立ち寄った「026レコード」。
長野駅前にあるこのレコード屋(と服屋さんが合体したお店)は、
このあたりのクラブシーンのフィクサー的な人物である青木さんと
美人で気の良い奥さんが切り盛りしているお店で…
って、今回はお店の紹介ではないので、それはさておき。

いつものように、「何かオススメないですか」
と伺ったところ、出てきたのがこの一枚だったのです。

上田を拠点に活動するジャム・バンドblissedの新作『EN-DOO』。
ブリストは若き馬鹿テクミュージシャン3人によるジャム・ユニットで、
国内外でのライブツアーに加えて、ギターのtoshizo氏は
ここ数年の県内のミュージックフェスの中では最注目株の
「UEDA JOINT」を主催してるという、
色んな意味でパワフルなバンドなんですね。

おお、新譜が出てたのですか!
しかもフルアルバム。しっかり試聴する必要も感じず、
迷わず買わせてもらいました。

で、事務所に持って帰ってから
とりあえず4回くらいリピートして聴いてみました。
クラブ寄りのジャズバンド的な音を想像していたのだけど、
内容は結構幅広いです。DUBあり、ゴリゴリのハードロック調あり、
アンビエント調あり、アコギ中心の静かな曲もあり。
最初はごった煮的で馴染みにくかったものの、聴き進めると
全体を通して一体感があるのがわかってきました。

多分、テーマは「山」じゃないかな。
なんだかそんな気がする。
彼らは声を大にしては言っていないけど、
自らの生活している環境を愛していて、それを
アルバムを貫くテーマとして据えている。
しかも長野の山、って意味じゃなくて
長野県自体が山であり、そこで
自分たちは作品を作っているんだ!
みたいな主張が込められている…ような気がする。
などと思いました。

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これがジャケ↑。 トップの画像はインナージャケット。

blissedの『EN-DOO』
026レコードの他、県内の大きなショップでは
大概入手できるはずです。
みなさんは聴いて「山」(というか長野)を感じるでしょうか。
(今思ったけど、インナージャケは戸隠奥社の参道っぽいですね。)
よかったらぜひチェックしてみてください。


(文:清水隆史)

天龍村で撮影された映画「龍宮」完成

2007.12.12更新

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天龍村で撮影された映画「龍宮」が完成しました。
長野県最南端の山村地域、天龍村と遠山郷で撮影されたその映画は、美しい自然と素朴な暮らしを背景に質感の高い魅力的な作品に仕上がっています。

記:宮内俊宏

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 監督の太田信吾さんは現在大学4年生。「天龍村アートプロジェクト」という興味深い活動を4年間続けて来ました。毎年夏休みにアート分野の大学生を募って天龍村へ滞在し、農作業を手伝いながら一ヶ月間アートの制作を行なう、というプロジェクトです。この発想自体とても有意義で面白く、フォンテンブローの農村地帯に集まったバルビゾン派の画家達のような、地に足の着いた自然なクリエイティビティーを感じます。

 先月、11月18日に現地・天龍村で完成直前の試写会が行なわれました。
 まだ整音も済んでいないラフ編集大詰め段階の作品を持って天龍村を再訪したのは、太田さん、助監督の川津さん、助演俳優の安西さん。
 会場の文化センターに到着すると遊んでいた子供達が早速3人を取り囲み、「ひさしぶりだなぁ!」口々に話しかけます。「なぁなぁ、今あの人とつきあっとるんだら?」なんていうオマセな質問も。

 映画「龍宮」は、天龍村で長期滞在を重ねる中から着想を得た物語(フィクション)ということです。愛情、悲しさ、残虐性や優しさ、すれ違いを生む人間の業の物語です。けして天龍村をプロモートする作品として制作されたわけではないのですが、映画は全編、天龍村や南信濃の壮大で明媚な自然を背景に、実在する村の中で撮影され、その場所に宿る歴史や文化、神秘性に触れながら、美しい物語となって進んで行きます。

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 山村の古家で寄り添うように生きる面彫職人の父と娘の物語。

 父の彫る面は村を守る神社に毎年奉納される逸品でありながら、おそらく失語症のうえ極めて不器用なために村から孤立している。娘もやはり村の人々に馴染めず、学校では陰湿ないじめに遭っている。どこにも行き場所の無いふたりだけの寡黙で純粋な愛情は純粋さゆえに理解され難く、周囲からは奇異の眼で見られている。

 思春期を迎えた娘は変わる。父娘は幼少期と同じではいられない。それを解釈できないまま、ふたりの間には深い溝ができてしまう。

 かけがえのない存在を失なった後に残る深い愛情の予感と、鬱蒼とした深山のようにまた始まる変わらない毎日。問題は解決を見ないまま、物語はスクリーンから消えます。
 けれど、観終わった人々の気持ちの中には明日のための静謐な光が残るのでした。

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 けしてテレビドラマのように解りやすい起承転結はありません。安直な感情移入は極力排除しながら、物語の多くの部分は観る人の想像力に委ねられているように思えます。このあたりは機会があれば監督の太田さんの話を聞いてみたい点ですが、この作品はそんな余地、観る人の感受性が自由に動くことのできるスペースを含んでいると思います。

 受取手の想像力を信頼して委ねるところに芸術性は生成されます。その場で消費されて終わる風俗と普遍性を持って更に新しい想念を生む芸術の違いは概ねそのあたりにあります。

 おそらく物語映画としていくつかの改善点はあると思います。しかし、ほぼ自主制作の初回作品をこのクオリティーで作り上げている点は特筆に値するものです。
 映像作品としての質の高さ、光や色彩、構図といったディテイルを作るセンスの良さ、村の子供達や俳優の演技を生き生きと映像に収める手腕、天龍村に実在する民話を導入部に配し、桃源郷のような幻想的な風景を多用しながら現代社会の卑近な問題を通底させる取材手法など、この作品は単なる習作では終わらない可能性を帯びていると思います。

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 この映画が、来週12月20日に早稲田大学大隈講堂で開催される「第20回早稲田映画まつり」の本選で上映されることになりました。76作品の中から10本程度がセレクトされた本選です。審査員は大林宣彦、根岸吉太郎、内田けんじといった錚々たる顔ぶれです。
 ほかにもいろいろな映画祭に出品される予定。

 楽しみです。

長編劇映画「龍宮」(2007年/88分/DV/color)
出演:宮本大誠、小深山菜美、森みつる、宮川浩明、なるせ華、安西良
監督・脚本・編集:太田信吾(第一回監督作品)
プロデューサー:伊藤愛、太田信吾
製作:天龍村アートプロジェクト

映画「龍宮」公式ホームページ
映画「龍宮」公式ブログ
「天龍村アートプロジェクト」公式ブログ
WASEDA-LINKS インタビュー

ゲド戦記の訳者・清水眞砂子さんの話

2007.12.07更新

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ゲド戦記の訳者である清水眞砂子さんの講演会に行ってきました。

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最初に、講演を聞いた後の率直な感想を申し上げます。
・元気が出た。やる気が出た。一生懸命仕事しようと思った。
・幸せな気持ちになった。
・児童文学っておもしろいかもしれない、と思った。
・先生の教え子の話を聞いて涙が出た。

・・・って、抽象的ですけど、とりあえずすごい効果じゃないですか?
だって「一生懸命仕事しようと思った。」ですよ。
まあそれはいいとして、清水さんの講演会のレポート。

この日の清水さんの話はゲド戦記のことではなくて
すごくおおざっぱに言うと「児童文学」についての話でした。

自分自身、講演会で泣いてしまうなんてことははじめてでしたが
私のほかにもすすり泣いている人が数名いたり
とても地味ではありますが、
話し手の清水さんと聞き手の人々の間に信頼感がどんどん生まれていき
客席の方では笑ったり、考え込んだり、固まったり、うなずいたり・・・
波打つような反応がいたる場面で見られました。
こんなにライブ感のある講演会ははじめてでした。
(講演会の経験はとても少ないですが)

清水さんが話した時間は90分。
いつも短大で講義している時間と同じだそうです。
以下、どんな話をしたのか、ところどころ抜粋してみたいと思います。
やや長いですがたぶん3分くらいで読めます。
(記憶のみで書いているので違う表現があると思います)

「今日、この会場に来てまず驚いたことは男性がいること。今までいろんなところで講演会をしたけれど、男性がいるのははじめてです。大体は女性です。それで何でかな?と思うんですけど、もともと長野県からはたくさんの児童文学者が出ているし、その多くは男性なんですね。それと私が担当している学生のなかに長野の学生もいるんですが、みんなよく勉強します。寡黙というか素朴というか、私が好きになった学生さんの何人かの中にも長野県出身の学生さんがいます。長野の学生さんは『なんか芯がある』んです。長野は『しなの教育』というものもあるし、そういう土壌だったと思い出しました」

「『星の王子さま』は児童文学ではないですね。哲学、メルヘン。大人が観念的なことを考えるための物語です。子どもには観念的なことは語らなくてもいい。それよりも前に語るべきことがある、というのが私の考えです。
 主人公と一緒になって、ワクワク、ドキドキ、悲しみにうちひしがれて・・・っていう体験をするんです。私はフランダースの犬の時はつらくてつらくて(会場うなずく)もう我慢できなくて先回りして確かめるんです。ちょっとだけ。それであっ大丈夫、最後は幸せになれるっていうことがわかって、安心して読めるんですね。その安心がどんな苦難をも耐えさせてくれるんです。これが児童文学の真髄だと私は思いますね。生きることって意味があるんだよ、って教えてくれる」

「こんな時代でハッピーエンドなんて書けるわけがないって言う人もいます。でも、児童文学ではどんなに大変でも書かなくちゃいけない。人生そううまくはいかない、自分の生活がどんなに過酷か、努力しても結局悲しい死に方をした人がどんなにいることか、もう言われなくてもずいぶんよく知っているんです。それに追い打ちをかける必要はない。そう思いますね。『世界ってこんなに素敵なんだよ、生きてごらんよ、大丈夫』って背中をおしてあげること、児童文学に課せられたものがあるとしたらこれなんです」

「学生たちに小さい時の幸せだった記憶は何ですか?と聞いてみたんです。すると大体、どこかへ連れて行ってもらったこととか、何かを買ってもらったことをあげました。で、ある人に『それは質問が悪い』と言われました。その人は「どこかへ連れて行ってもらったことと何かを買ってもらったこと以外で幸せだった記憶は?と聞きなさい」と言いました。それで聞いてみたんですね。その通りでした。ある学生の話がとてもよかったので、エッセイにも書きましたが、その学生の話はこうでした。小さい頃、おばあちゃんが入院していて、休みの日になるとおじいちゃんと一緒に電車にのって病院にお見舞いに行ったんだそうです。その時、電車にのっている間じゅう、おじいちゃんがずっとその子の膝をトントンってたたき続けてくれて、それが幸せだった、というんですね。その学生さんは『話してみてわかったけど、私はずっとそれに支えられてきたのかもしれない』って言ったんですね。幸福っていうのは実にこういうささいなことなんですね。(レポーター高井、すすり泣き)
 つまらないつまらないこと、語るに語られるに値しないと思っていたこと、そういうものが文学になる。無視していい日常なんてどこにもない。『生きるっておもしろいよ』ということを手を変え、品を変え伝え続けていく、ということなんです」

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会場の様子

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質問タイムの様子。40分の間に4人の女性が質問した

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清水眞砂子氏 講演会
子どもの本のもつ力ー現在(いま)という時代に
12月1日(土)13:30〜16:00(開場13:00)
@若里文化ホール2F 会議室
主催:ながの子どもと本をむすぶ市民の会
(レポート:高井綾子)

近所の写真屋さん

2007.12.04更新

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近所に岩崎ラボという写真屋さんがある。

大学の生協にフィルムを預けると岩崎ラボに届けられ、
次の日にはできあがっているという感じで
学生の時からお世話になっているが
店に直接行くようになったのは学校を卒業してからだ。
ふと、「いつも現像を頼んでいる所はどんな店だろう」と
住所を頼りに店を探して、たどり着いた。
その時、店の人が名前を覚えていてくれたり
家から近いこともあって、それからよく行くようになったのだ。


1階の写真屋と、2階の写真スタジオは岩崎雄一さんが、
2階に最近オープンした美容院は奥さんが経営していて
その上の階で、2人の子供達と家族で暮らしている。

夫婦2人、自宅でおしゃれに自営業なんて素敵なのである。


理想を、かなり実現している(と私は勝手に思う)雄一さん。
さらなる夢は、写真屋に喫茶店を併設することだそうだ。
「現像・プリントをまっている間、ゆっくりしていってもらいたい」
とのこと。
私は今でも行けば一時間くらいのんびり話し込んでしまうことが多い。
写真の話だったり違うことだったり
とりとめもなく話している感じ。
そんな時間がすごくいいなとおもう。
単純に写真についての情報を教えてもらったり、
やりたいことの詳細を聞いてもらったりする、ということもあるけど
話し方とか、表情とか、においとか?で
お互いにどんな人物なのか確認しあえる時間でもあるのだ。

たくさんある写真屋さんの中から私がここを選んで来る理由は、
特別安いとか特別品質がいいとかではなくて、
自分の作品を扱う人と、直接ゆっくり話ができるからだ
と、この文章を書きながら気がついた。
身近にこういう店がいっぱいあるといいななんて思うけど
自分が気づいてないだけで実はたくさん存在していて
ちょっとの偶然と、自分の行動とか気持ち次第で
出会っていくものかもしれないとも思った。


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1階、写真屋の店内。小さい窓の外はちょっとした展示スペースになっている。

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フィルムカメラ販売コーナー。買う前、試しに何週間か貸してくれる。


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2階のスタジオ内のいす。

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仕事中の岩崎雄一さん。

月別に見る

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