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長野と時計のはなしなど(その1-改)

2010.02.05更新

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56KS-540.jpg

長野県は「日本のスイス」なんて言われるほど精密機械産業が
盛んなわけですが、その中でも大きな存在なのが諏訪のエプソン。
現在はプリンター等で知られる同社は、かつて諏訪精工舎
という名前で、機械式の腕時計を盛んに作っていたんですね。

機械式の腕時計というと、今も昔もスイス製が有名です。
戦前〜戦後すぐまでは、多くの国でスイス製の時計を勝手にコピーしたり、
手本にしてアレンジした製品なんか作って、でも品質は劣るもの
だから安く売ったりしていた。
そんな状況の中でスタートした戦後の日本の時計産業は、
スイスのメーカーに追いつき追い越すことを目標に頑張ったわけです。

で、はっきり追い越したかどうかはわからないけど、
機械式腕時計の精度において追いつき、追い上げるところまでは行ったんです。
それと同時にクォーツ式という革新的なシステムを製品としてまとめて
機械式の腕時計自体を過去のモノにしてしまった(1969年のことです)ため、
「日本の時計メーカーはクォーツ腕時計でスイス勢を追い抜いてトップに立った」
と書かれることが多いです。けれど、機械式の腕時計でもかなりの事はやっていた。
1960年代後半には日本もスイスと並ぶくらいの技術・生産力があったんです。

その後スイスの時計産業は日本製クォーツウォッチによって
壊滅的な打撃を受け、80年代にスウォッチがヒットするまで低迷を続けるわけです。
しかしこの後機械式時計は見直され、特に90年代以降は状況が一変…
と、腕時計の、戦後史を語りすぎても仕方ないのでここらへんで割愛しましょう。

長い前置きになりました。要するに
「諏訪湖畔は世界一の機械式腕時計の生産地であった。」
って事が言いたいわけです。

そして、
長野を愛する長野県人といたしましては、そういった諏訪製の高性能な
機械時計に注目してみるのはどうだろうか。

…というか、もうすでに私は勝手に注目・実用しておりまして、
それをここで紹介していきたい! と思うのです。


あ、その前にまた細かい事を一つ。
1970年代までのセイコーは、諏訪精工舎と東京・亀戸の第二精工舎の
二社で違うタイプの腕時計の製造を行っていました。なので、
古いセイコー製の機械時計(手巻き、自動巻など)の全てが
諏訪湖畔で作られたわけではありません。
で、その見分け方なのですが、全ての年代には通用しませんが
ごく簡単な識別法があります。上の時計の画像から切り出した
この部分↓を見て下さい。

mark145.jpg

この「HI-BEAT」の下にある「♯」に少し似たマーク。
これが文字盤か裏蓋に入っている時計は、諏訪製です。
(ちなみに手裏剣みたいなマークだと亀戸製になります。)
どこにも「諏訪」とか「SUWA」とは刻印されてませんが、
このマークがある場合は間違いなく諏訪製なので、覚えておいて下さい。

何か今回は前説みたいな話になってしまいました。
長くなったのでこの辺で終わりにして
時計の紹介は次の機会(っていつなんだ?)にさせていただきます。

ちなみに本文の上にある時計は
「キングセイコー・クロノメーター 5626-7040」で、
1971年、諏訪精工舎製造です。
シンプルで美しいでしょう?
善光寺の近くの某時計店にて1970年頃に買われていき、
いろいろあって自分の手元に来ました。
つい先日同じ時計店にて分解清掃済みです。
まさにジャパニーズスタンダードといえるデザイン。
40年近く前の時計とは思えないほどの完成度です。

(写真・文:清水隆史)


※現在のセイコーエプソンでは、諏訪湖畔ではなく塩尻に
「マイクロアーティスト工房」という部署があり、そこで
複雑で高級な芸術品とも言える腕時計制作を行っています。
そちらのお話しはまた後日…!
(2010.2改訂)

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