N[エヌ]発行のオンラインマガジン|N-gene[エヌジン]
制作・編集/ナノグラフィカ
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「祭の流儀・応用編①」
〜農業と林業、流儀と市場経済の関係を考える〜
◎日程:2008年8月21日(木)
◎時間:19:00
◎会場:@飯田市・アートハウス(飯田市上郷黒田1877)tel:0265-24-5811
【NOTE】……この日の議論の要旨です
☆祭りの流儀の中にある「生きるための要素」☆
「霜月祭り(昔からの流儀(精神性)を曲げずにやっている祭り)」に見る…
自然とわき上がる「寄贈したい」という思い→
自分の出来る範囲で参加し、祭りを守るためのお金をおいていく→
自分たちの誇れる文化として「守る」行動を自然ととっていく→
「自分たちの生活を守る」ことにつながる
↓
一年間の自分たちの農業、林業への守り
祭りの流儀とは、こういう生活を守るために成立していくもの。
☆「隠すこと」「見せないこと」の罪☆
日本人は過去の「悪」を隠さずに冷静に判断分析することが必要。
例)日本が太平洋戦争で何をやったかについて明らかにしていない。
→「この先どう生きるか」を考えられないまま。
ニュースでも「どう考えるか」を取り上げずに事件性ばかりが大きく報道。
(チベットと中国の関係もそう。)
突き詰めると実はみんなが自由主義経済の「被害者」。
そしてその根本にあるのは、「お金」にまつわる利己的な欲望の構造。
☆リニア問題に見る南信の戦い☆
大鹿村で突然はじまったリニア新幹線トンネルのボーリング調査。
・地元の人々は「便利になるから良い」という認識。
→便利になるのは良いが、それを鵜呑みにして良いのかどうか……
というところが考えられていない。
リニア新幹線=中央に吸い上げようとする経済構造=ストロー現象が起きる?
しかし、単に交通の便がいい→ストロー現象が起きるというのは、短絡的。
ここにも「利便性」と「祭りの流儀」の関係がある。
きちんと流儀を守って行かれたら、どんなに便利になっても廃れないで残るはず。
「流儀」を守るためには……
・上から下への「文化の伝達」をきちんとしていくこと。
・土地の「魅力の伝達」をしていくこと。
リニアが来て問題があるとしたら……
・その地域の「魅力」が失われてしまうこと。
☆道は作られる物。大切なのは「どう作るのか」☆
昔から、いろいろな場所で道(便利なもの)が作られてきた。
ただ、それが生きるかどうかは、「美的センス」によって決まる。
古代ローマから続くヨーロッパ=道を作ってきたけれども、町は美しい。
・その土地に流れる「地脈」をきちんと考えてきたから。
「地脈感覚」「感性」「美的センス」
今の学校(日本)=「美的センス」を評価できない。
・個性を奪い、単一の基準でしか評価しなくなってしまったから。
「感性」「豊かさ」の喪失。
「美的な感覚」←「統制」するためにはじゃまな存在。
・言うことを聞く人間を育てるためには、一律の基準で評価した方がたやすい。
こういう「統制しやすい社会」を作り上げてきたのが自由主義経済陣営。
重層性が失われ、感性が失われ、商業主義に走ることですべてが魅力を失ってきている。
例)F1に見る重層性の喪失
→規制が多いことでどんどん削られていく「価値観」→魅力の喪失
☆蜂の子取りにみるアイディアの循環の形☆
近所のおばちゃんや友だち同士で、蜂の子取り。
蜂の子を生で食べる。
食べるものがなかったら、蜂の子を食べろ……生きていくための知恵。
↑
それは、ごく最近までちゃんと成立していた循環の形。
縦にも、横にもあったその関係。
「ファミコン」が出てきたころから断ち切られていった「縦横のつながり」
→アイディアの循環の喪失。
今、日本で何が起きているのか。何が起こってきたのかをきちんと知っていくこと。
こういうことをすべてきちんと理解し、ふまえた上で。
個性=祭りの流儀をみんなで共有する方法を探っていく必要がある。
……つづく
(詳細は、N-SNS内の「N-ex Talking Over」コミュニティーをご覧ください。)
【ご案内】
飯田では、こういうテーマに沿って11月にシンポジウムを開くことになっています。
シンポジウム
「祭の流儀を活かした地域づくり(仮題)」
日時:2008 年11 月16 日(日曜日)
場所:飯田市美術博物館講堂